2013年3月9日土曜日



素晴らしい選択眼を持つ八木保氏。
八木さんのデザインに関する考え方、プレゼンテーションを知った時はとてもの衝撃を受けたことを覚えている。ものごとに対する丁寧な姿勢は素晴らしく感動する。先日、その八木さんのトークショーに参加した。ビジュアルコミュニケーションという通り、八木さんの制作物はパッと見た時に、視覚・触覚に対し強烈に訴えかけてくる。

今回は、実際に八木さんが制作された物を手に取ることが出来た。手に取り、ページを捲るとインクの香りが漂う。誌面に顔を近づけ香りを嗅いでみる。すると、横から八木さんが「ね、インクの香りがまだするでしょ?」と言われた時、「あ、この感覚だ」っと感じた。手触り・温度・香り、その一つ一つを丁寧に感じ取ること。真剣にものをみる「眼」である。

ツールも情報も溢れた現代において「手で作る」という大切さを感じる。技術や道具が高度になっても「アナログがもつ感覚」は揺るぎない強さがある。言われてみれば、当たり前のことだが、実際に本人にお会いして、作品を手に取ることでそれを強烈に感じることができた。「本物」に触れた瞬間。それは「TIME LESS」の言葉どおり、色あせないビジュアルコミュニケーション。八木さんは、まさに"アートディレクター"だ。

2012年8月12日日曜日

















特撮博物館の展示されていた模型や絵コンテはどれも力強く、真っ直ぐなパワーを感じる。時間も労力もかかるが「それ」にしか出せない独特の世界観がある。人をググっと惹きつける力は他では中々だせない。ただ、残念なことに現状はその特撮自体が無くなってしまう状況でもある。

私が行っているシルクスクリーンも同じことが言える。これは、
ものづくりにおいては当たり前のこと。しかしながら、最後の最後どこまでいけるかという時に、途轍もないものが生まれる。

まだまだこんなに出来るだぞっと胸を張っていうこと。確信をもち表現すること。ものづくりと真っ向からぶつかり合うこと。あまり、日本や海外という言葉は好ましくないが、ここに日本のものづくりの強さと儚さを感じる。ただ、儚さを悔やむのではなく、自分自身がやってやるという意志をもち実行する。それ以上それ以下もない。今一度、ものづくりと真っ向からぶつかり合う。
その時、ものづくりは雄叫びをあげる。

2012年6月9日土曜日

















INTERVIEWをうけた「デザインのひきだし16」
スタジオウドンゲの仕事内容・活動・姿勢についてふれている。
書店で見かけた際には是非ご覧ください。

スタジオウドンゲは技術・経験にアイデアを加えて新たなカタチにしてゆく。
今年の工房のテーマは「衣・食・住」
この3つを新たな柱として活動を行っていく。

勿論、様々なデザイナー、アーティストともコラボレーションをしてゆきたい。
ご興味がある方は是非ご覧下さい。



2012年4月22日日曜日
















昨日、訪れた「高田修地のことばとデザイン展」

タイトルのごとく「言葉」にとても惹き付けられた。

各々に書かれた手紙から、その人柄が感じられる。


高田修地先生に直接お会いしたことはないが、

丸く大きく見開いた目からは、その意志の強さを感じる。


「手紙」という強さを感じた。

やはり手紙はいい。

その時の書いてる本人の心情がズンっと感じられる。

そこに書かれた文字はとてつもない情報の塊。たった一言から多くのことを感じ取れる。

人から人へ受け継がれる感覚。

たしかに、その痕跡が手紙の中にはあった。



そして受け継がれつつある我々は、ぐっと気を引き締め、"次へ"向かうのだ。



2012年4月15日日曜日
















伝統を重んじる。その伝統を超えようと、革新を繰り返す。

繰り返される革新は、やがて新たな伝統になる。

オリジナルという意識の強さ、突き詰めるからこそでる奥深さ。

自らが行う意義を考える。自らが誇りをもつこと。
















私にとって工房は試行錯誤、失敗と成功の繰り返しの空間。

これは自らのものづくりと向き合う場であり、研究の場でもある。

その場でラフを描き、珈琲を飲みながら創造する。頭の中のイメージを紙の上に落とし込んでいく。多くを吸収し、外へ出し尽くす。自らを"空っぽ"にする。自分の中に"間"をつくる。

私にとってそれは「日常」であり、その「日常」が大切なのである。


2012年4月8日日曜日
















素直にデザイン・ものづくりと向き合う。

「かつては」という言われ続けているものづくり。
これは、技術的な側面よりも「心・志」の精神的な側面から創れないのだと感じる。

合理性だけでは集約できない複雑な文化を日本は築き上げてきた。
これが日本にとってかけがえのない財産、そして次の日本にとって、
大事な「種」であることをどれだけの日本人が把握しているのだろうか。
この複雑な文化をここまで育ててきた国は、おそらく世界からみても稀だ。
日本にいる意味。日本でデザインを行う意味を問いただされているのかもしれない。

我々は大切な「何か」を、再確認する機会あたえられた。
このチャンスを逃すのか、掴みとるのか。今その岐路であること噛み締めているのだ。